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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)1015号 判決

上告人 株式会社カメ屋糸店

被上告人 前橋税務署長

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士横田聰、同高橋清一の上告理由及び上告人代表者荻野亀松の上告理由は別紙のとおりである。

上告代理人の上告理由第一点の二は、本件更正の通知書の更正理由は不備であるにかかわらず、原判決が、本件更正を是認したのは、法人税法三二条の解釈を誤つた違法があるというに帰するので、まず、この薫について判断を加えることにする。

原判決の確定するところによれば、上告人は青色申告の承認を受けている法人であるが、昭和二六年八月一日から同二七年七月三一日にいたる事業年度分について所得金額の確定申告をしたところ、被上告人は、これを更正し、更正の理由としては「売上計上洩一九〇、五〇〇円」と記載されていたのに過ぎなかつたというのである。

当裁判所が、昭和三八年五月三日言い渡した判決(昭和三六年(オ)第八四号)は、青色申告の更正の理由附記について、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を適示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とする旨を判示しており、そして、その理由として、青色申告の制度は、納税義務者に対し一定の帳簿書類の備付、記帳を義務付けており、その帳簿を無視して更正されることがないことを納税者に保障したものと解すべき旨を判示しているのである。およそ、納税義務者の申告に対し更正をするについては、申告を正当でないとする何らかの理由がなければならないが、青色申告でない場合には、納税義務者は上述のような記帳義務を負わず、従つて申告の計算の基礎が明らかでない場合もあるべく、更正も政府の推計によるほかはなく、その理由を明記し難い場合もあるであろう。しかし、青色申告の場合において、若しその帳簿の全体について事実を疑うに足りる不実の記載等があつて、青色申告の承認を取り消す場合は格別、そのようなことのない以上、更正は、帳簿との関連において、いかなる理由によつて更正するかを明記することを要するものと解するのが相当である。かく解しなければ、法律が特に青色申告の制度を設け、その更正について理由を附記せしめることにしている趣旨は、全く没却されることになるであろう。そして、かかる理由を附記せしめることは、単に相手方納税義務者に更正の理由を示すために止まらず、漫然たる更正のないよう更正の妥当公正を担保する趣旨をも含むものと解すべく、従つて、更正の理由附記は、その理由を納税義務者が推知できると否とにかかわりのない問題といわなければならない。なお、被上告人答弁書援用の当裁判所の判決は、再調査決定、審査決定の理由阻記に関する判決であつて、本件更正の理由附記の当否について先例となるものではない。

以上説明のとおりであるから、本件更正の理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇円」との記載だけでは、いかなる理由によつて計上洩を認めたかが明らかでなく、理由として極めて不備であつて、右の記載をもつて法律の要求する理由を附記したものと解することはできない。原判決が、前記程度の理由の記載をもつて本件更正に違法はないとしたのは、法律の解釈を誤つたものといわなければならない。この点において、本件上告は理由があり、他の論点について判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れず、そして、本件更正を違法として取り消した第一審判決が正当であることは前段説明によつて明らかであるから、被上告人の本件控訴は理由がないことに帰し、民訴法四〇八条一号、三八四条、九六条、八九条により、裁判官山田作之助の少数意見を除き裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官山田作之助の少数意見は左のとおりである。

本件の争点は、青色申告書による法人所得金額につき、税務署長が更正をなしたる際、その税務署長の交付する更正通知書に記載さるべき「更正理由附記」は如何なる程度においてなさるべきことが税法上要求をされているかの問題である。

これを本件について考えるに、原審の認定したるところによれば、本件更正処分通知書には、理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇」と記載せられているのであつて、右記録の趣旨は、納税人たる上告人の申告したる売上金に、売上計上洩が一九〇、五〇〇円あるものと認め、所得金額と修正したるものであることを明記しているものと解し得られるのである。そうだとすれば、税務署は、本件更正理由として、如何なる点で更正することにしたか、またその更正する金額、この二点に関して売上計上洩があること、その計上洩は一九〇、五〇〇円であると認定したことを明示しているのであるから、更正理由附記としては、具体性を明確にしているものというべく、換言すれば、税務署長と納税者の間ににおいて、その争点、その争点額が右通知書により具体的に明確にされているものといわなくてはならない。従つて、本件附記は適法であるものと解すべきである。けだし、右理由附記が要求されている所以の主たるものは、右附記されたる理由により、税務署長が如何なる点において更正すべきとしたか、その金額はいか程であるかを納税人をして了知せしめ、もつて、税務署長の更正に対し、不服の申立をすべきか否やの判断の資料を与えようとするものであると解すべきであるからである。

もとより、理由附記としては、なるべくその資料証拠等を示す等詳細に記載せしめるに越したことはないが、所謂行政経済の立場からいつても、すなわち、必要以上に前記理由を詳細に記載せしめることは、税務行政上の負担の過重をきたし、ひいては、いたずらに国民の国費負担額を増加せしめる原因となるおそれなしとしないから、その記載の程度は納税人が具体的に争点及び争点額を知るに足る程度でよいと考えるのである。多数意見引用の判例は、本件と事案の内容を異にする。前記判例にみえる記載は、抽象にすぎ納税人をして所謂その争点を具体的に把握するに困難なるきらいあるも、本件においては、その然らざることは、前記に詳説したとおりである。

以上の理由により本件多数意見には、にわかに賛同できない。

(裁判官 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之助 域戸芳彦 石田和外)

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